【生存報告】バッテリーが死んだ。そして俺の「自由」が始まった。S2000復活へのロジカルな儀式。

駐車場で沈黙するモノクロのS2000(AP1)と「死亡」を強調する黄色い文字のアイキャッチ画像

ぶっちゃけ、ここ数日の俺は「車好き」を名乗るのもおこがましい状態だった。

ブログにS2000のことばかり書いているくせに、駐車場に行けば待っているのは「沈黙」。 キーを回しても「カチッ……」という虚しい音。

何度ジャンプスターターを繋ぎ、何度モバイルバッテリーに祈りを捧げたことか。

確認したら、前回の交換はなんと令和3年。4年も使えば、もはやバッテリーではなく「ただの重り」だ。むしろよくここまで耐えてくれた。

S2000(AP1)のエンジンルームに装着された、令和3年2月に交換された旧バッテリー。手書きで日付と走行距離が記載されている。

だが、ついに届いた。 新品の、ビンビンに電気が詰まった「命の箱」がな!

① なぜ「純正サイズ」を無視してデカくするのか?

今回俺が選んだのは、純正よりも一回り大きいサイズだ。 「軽量化が命のS2000で、なぜ重くするのか?」というロジカルな疑問を持つ諸君、答えはシンプルだ。

「俺が、なかなか乗れないからだ。それだけに尽きる」

平日は日夜せこせこと働くサラリーマン。家ではパパ。 悲しいかな、S2000を毎日振り回せるほど俺の人生は暇じゃない。 おまけに俺のS2000には「フルコン(社外ECU)」が鎮座している。 こいつが暗電流(待機電力)をじわじわと、だが確実に吸い上げる。

たまにしか乗れない、でも乗る時は一発で目覚めてほしい。 この矛盾を解決する唯一の解が、「圧倒的な容量アップ」という力技なのだ。

② なぜ「カオス」ではなく「ACデルコ」なのか?

「バッテリーといえばパナソニックのカオス(Blue Battery)じゃないのか?」 そんな声が聞こえてきそうだが、俺の選択はACデルコ一択だ。

もちろんコストの問題もある。だが、それ以上に重い理由がある。 俺に車のイロハを叩き込んでくれた「先生」がいるのだが、その人は今、スーパーGTやスーパーフォーミュラの最前線で戦う現役バリバリのメカニックなのだ。

それでも俺の車の知識は残念ながらペラッペラッだがな。色々教えてもらったのにすまん先生。

そのプロ中のプロから、「とりあえず、これ(ACデルコ)にしとけ」と言われて以来、俺の信仰は揺るがない。 現場を知る男の言葉は、100枚のカタログスペックより重い。 派手な青い箱じゃなくても、確実にエンジンを始動させる。それが「プロの道具」のロジックなのだ。

③ 週末、俺は「独身」に戻る(期間限定)

そして、ここからが本題だ。 今週末、ついにバッテリーを積み替える。 なぜ今週末なのか? それは、妻と子供が春休みで実家に帰省したからだ!!ちなみに俺は留守番だ。

……聞こえるか? この静寂が。 ……見えるか? 誰にも邪魔されない俺だけの時間が。

最高だぜ。最高すぎるんだな、これが。

今週末は、誰に遠慮することもなく、新品のバッテリーで目覚めたF20Cの咆哮を響かせ、走り回ってやる。 正直、週末のことを考えすぎて、平日の仕事中から脳みそがトロけだしている。 デスクワークをしているフリをしながら、俺の魂はすでに峠のコーナーを抜けているのだ。


■ S2000が、ついに「野生」を取り戻す。

バッテリー交換。それは単なるメンテナンスではない。 俺のS2000が、死んだ鉄の塊から「咆哮する猛獣」へと戻るための復活の儀式だ。

「予備のジャンプスターターはもういらない。……俺に必要なのは、ハイオク満タンのガソリンと、どこまでも続く道だけなのだ。」

今週末、峠のどこかで黄色いS2000が元気よくセルを回していたら、それは俺だ。 ニヤニヤが止まらない俺を見かけても、そっとしておいてくれ。

この記事を書いた人

製薬会社で論理(ロジカル)を武器に生き残る中年サラリーマン。だが、一歩会社を出れば、絶滅危惧種のオープン2シーター「S2000」を愛でるただの変態である。

20年以上の付き合いになる相棒の維持費に悲鳴を上げ、三井ダイレクトには門前払いされ、夏は家族から「走るサウナ」と罵られる日々。それでもVTECが弾ける瞬間、すべての苦労は「至高の悦び」へと昇華するのだ。

このブログでは、そんな「愛」と「工夫」で名車と心中する男のリアルな軌跡を、嘘偽りなく書き綴る。

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